8月ももう終わりですが、まだしばらく残暑が続きそうですね。少しだけ秋風を感じられるようにはなりましたが、好きなひぐらしの鳴き声をまだ聞けていません。 お盆期間中は、近所から漂うお線香の香りに、物悲しいというか、妙に感傷的になるのは終戦記念日があるからなのか。そうなると戦争が連想されますが、高校の修学旅行で沖縄に行ったことを思い出します(余談ですが、学年でアンケートが採られ、大多数が北海道希望だったのになぜか沖縄になり、来年の生徒の行き先が北海道になってブーイングが起きました。アンケートの意味とは……)。 修学旅行特有の慌ただしいスケジュールのなか、元ひめゆり学徒隊の方のお話を聴講する予定になっていたのですが、その方のご主人の体調不良で、中止になりました。 そのぶんの時間は各自自由行動となり、平和祈念資料館内を友人と一緒に館内を回っていたところ、一人のご婦人からお声掛けいただきました。偶然にもその方はひめゆり――つまり一高女――の生徒でした。 講演が中止になったことを話すと、ご婦人は静かにうなずきながら、当時のことをお話ししてくださいました。 当時、日本軍から突然解散を言い渡された後、北部と南部の二手に分かれて逃げることになり、逃げる方角はじゃんけんで決めたそうです。 「私はじゃんけんに負けて、危険な北部に逃げることになった。でも、比較的安全だと思われていた南部に進んだ同級生は全員亡くなった」とご婦人は無念そうに眼を閉じました。 ※米軍は南下を進めていたため、北部は米軍のいる方向に向かうことになるため危険だと思われていたようです。 「私は時々ここに、同級生の顔を見に来るの。この子が私の友達」 そうつぶやかれ、資料館に展示されている学徒隊の方々の写真を示してくださったとき、ぐっと身近になったような気がしました。戦争は本当に起こったことで、私たちと同じくらいの年齢で、同じように勉強や趣味を楽しんでいた普通の子たちだったと思うと、苦しくなりました。 最後、別れるときにご婦人から「戦争は絶対にだめ。あなたたちに同じ思いをさせたくない。よろしくお願いします」と力を込めて頼まれたのですが、とても荷が重いと思ってしまった記憶があります。私にできることはあるのかどうか……。 あれから20年。 当事者の方から体験を聞くことが、年々難しくなっています。 私たちは戦争を知りません。知らない世代が次の世代にどう語り継いでいけるのか。どんなに熱意をもって話しても、経験者ではないので話に説得力がついてきません。近年は資料館の展示がマイルドなものに変更されています。アメリカへの配慮なのか、子どもにショッキングなものを見せたくないクレームがあるのかはわかりませんが、事実を見せないようにするという動きには納得がいきません。 それに、今や原爆投下日を知らない人が7割なんて話もあるそうです。あくまでもNHK世論調査対象者のみの数字ですが、それにしても信じられません。原爆投下はやむを得なかったと回答した人の数も4割超えとは……。これは、平和への意識の低さの表れではないでしょうか。 投下に関係した人が死ぬまで謝罪の言葉を口にしなかったとか、アメリカの教科書は投下を肯定しているとか、そういうのを知るとアメリカこそ平和学習すべきだとずっと思っているのですが、日本に対して同じように思ってる人たちも多くいると思います。 私にもささやかながら愛国心があるので、「日本はドイツと違ってきちんと反省していない」という海外の意見を聞くと、「なにおう」と思ってしまうのですが、私もまた、日本が同じアジアの国々にしたことの数々を知りません。歴史は、テストのために教科書の無機質な羅列をひたすら暗記するような、身にならない勉強をしてきましたので、最近は通勤時間に歴史の本を読んで学び直しをしています。 ただ、よほど歴史に興味がある人でないと自分から情報を取りにいかないので、無知なままになってしまうのではないでしょうか……。あるいは、ネットで誤情報を信じてしまって、間違ったとらえ方をしてしまう危険もあります。もっと言えば、全然興味がなくてスマホに夢中だったり。そりゃ楽しいことだけ考えたいですもんね。 こうしたことが積み重なり、戦争に対して危機感がなくなっていくようで、不安です。 高校生の時は、授業で『映像の世紀』やひめゆり学徒を取り上げた映画を観る時間がありました。近年(もう10年前!)では『この世界の片隅に』も話題になりました。文字だけよりもダイレクトに伝わるし、そこから知識を得て、戦争は悲惨だというメッセージを受け取ることはできますが、生の声には敵いません。 なにより、安全な場所で映像を観るので、他人事として観てしまう。 「暗い」「重い」「怖い」……そして「昔のこと」として。 でも、それが体験することによって現実味を帯びていき、自分事として考えられるようになるのかもしれません。 旅行中はガマにも入りましたが、ここは修学旅行だからこそ入れる場所だなと思いました。旅行前には、毎年ガマ体験で具合が悪くなる人がいるという、心霊の話題が上がり、先生もまたそれを煽るように授業の脱線話に使うということに、まるでお化け屋敷のように言うのはいったい何なの?と当時の私は腹を立てていました。今でも同じ気持ちです。 ガマに入る前に担任の先生や地元の方が真剣な顔で「霊感が強い人は申し出てください」と言ったので内心怯えてはいたのですが、中に入ってみると、当然ですが照明がありません。しかも足元は悪い。手すりが所々設置されてはいますが、足を滑らせたら下に落ちてしまいます。3~4mくらいあるでしょうか。下にはトイレのような形跡が残っていて、この高さからどうやってあそこまで行けるんだ?と疑問。当時は手すりが一切なかったわけで、このなかで女の子たちが大の大人を運んでいたりしていたのか……と恐ろしくなりました。 地元の方のお話を聞きながらそんなことを考えていましたが、おしゃべりをしていた男子生徒がいたために、「笑ってるあんたたちの足元には人の骨が埋まってるんだ」と、地元の方を怒らせてしまい、恥ずかしい思いをしました。 平和の礎で写真を撮ってはしゃぐ生徒がいたのにも私はあきれて、怒りにも似た感情が湧きました。 資料館で凄惨な状況を一部でも見たはずなのに、記念写真を撮る感情が私には理解できなかったからです(友達はあるグループから「写真を撮って」と頼まれたのを「ここははしゃぐ場所じゃない」と言って断っていました。さすが)。 空が高く、透き通った海に興奮する気持ちもわかります。 ただ私は、小さな海岸で、打ち寄せる波の音を聞きながら、こんな美しいところで多くの命が失われたんだという事実に、人が人を殺すという事実に、胸が押しつぶされるような気持ちでした。 そんな昔を思い出し、平和を祈る夜です。 もう9月か……。
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